朝のガレージに、低く長いワゴンが沈む。無可動のブローニングM2が2丁、流しそうめん用の竹が7本、里芋が20キロ。笑ってしまうほど積めるのに、横顔は驚くほどスマートだ。ステーションワゴンというボディは、いつだって「実用」と「スタイル」の綱引きの上に立ってきた。ここでは、その100年をざっと振り返る。
ステーションワゴンとは?定義とアメリカ流の捉え方
定義はメーカーや時代で揺れるが、ここではアメリカ流の感覚に倣う。
「前席の後ろに座席があり、たたむ・外すことで荷室にできる」「専用のプラットフォームではなく、セダンやクーペと共通の基盤に“ボディスタイルの一種”として存在する」。
この“現在的な定義”は、古いモデルには当てはまらない場合も多い。だが、ステーションワゴンの輪郭をつかむには十分だ。
ステーションワゴン誕生の物語(1910〜1920年代)
物語は1910年代、アメリカ。自動車がまだ“特別”だった頃、客と荷物をまとめて駅へ運ぶ「デポハック(Depot Hack)」が生まれた。
地域のコーチビルダーが乗用車の後部を木製ベンチ付きの荷室に改造したのが起源とされ、ここから“駅=ステーション”に由来する「ステーションワゴン」の語が生まれたという説がある。
1920年代にはストーン・ボディ社がフォードT型のワゴンボディを手掛け、量産車にもワゴンが設定され始める。ここで「ステーションワゴン」という型が一気に輪郭を得た。
働く車から高級車へ|ウッディ全盛の1930〜40年代
1930年代、ワゴンは“人と荷物を運ぶ道具”から、“実用をまとった上級車”へ。
GMのビュイックは1934年にシリーズ50へワゴンを設定。1935年にはシボレー「サバーバン」が登場し、量産オールスチール・ワゴンの流れが始まる。
1941年、クライスラー「タウン&カントリー」は同社最上級の価格帯。曲面を描くテール、左右に開くクラムシェル式リアゲート、3列ベンチで9人乗り。木製外板(のちの意匠としてのウッドパネルも含め)──“ウッディ”はワゴンのアイコンとなったが、やがて強度面からスチールに座を譲る。
戦後の進化と広がり|アメリカ車の黄金期(1940〜50年代)
第二次世界大戦後、製造技術の向上でオールスチール・ワゴンが一般化。
戦後最初期の本格ワゴンとして語られるのが、ジープCJ-2Aの4WDベースを使ったウィリス・ステーションワゴン。しばしば“世界初のSUV”とも称される存在だ。
49年にはプリマスが乗用車シャシーのワゴン「サバーバン」を投入。ビュイック「ロードマスター・エステート」は後席を倒して“ベッド化”できる仕掛けで遊び心を見せた。
1953年、ビュイック「スーパー・エステート」を最後に“本物の木製ドア”は歴史に幕を下ろすが、ウッドパネルの意匠は高級トリムの証として生き続ける。
大量生産と好景気の1950年代、ほぼあらゆる車種にワゴンが設定され、窓を塞いだ“パネルバン”も用途別に用意された。
ピラーレスと未来的な挑戦|実験的ワゴンの1950〜60年代
1956年、ナッシュ・ランブラー「クロスカントリー」がステーションワゴンに初のピラーレス・ハードトップを採用。
各社が続くが、風切り音・雨漏り・ボディ剛性・コストの壁は厚く、60年を境に撤退が進む。
この時代を体現するのがビュイック「センチュリー・キャバレロ」(姉妹のオールズ「スーパー88・フィエスタ」)。窓だらけの開放感はまさに夢、その一方で、安全意識の高まり(ラルフ・ネーダーの影響は象徴的)と相いれず、短命に終わった。
大実験の1960年代:屋根が動き、空が見える
60年代は“実験の季節”。
スチュードベーカー「ラーク・ワゴネア」は後半分のルーフがスライド格納される“オープントップ・ワゴン”。冷蔵庫を立てて運ぶため、という豪快な理屈がいかにもアメリカらしい。
オールズモビル「ビスタクルーザー」は“ビスタルーフ”と呼ぶ採光ルーフで後席に光と視界を。フォードは上下・横の両開きをこなす“マジック・ドアゲート”を広め、3列9人乗りは当たり前に。
さらには1964年のフォード「オーロラ」、69年の「オーロラII」といった未来派コンセプト。回転助手席やソファのような後席で“車内をラウンジ化”しようとした。安全観の壁に阻まれ量産には至らなかったが、ワゴンに託された“住まいの延長”という夢は記憶に残る。
マッスルカー時代のワゴン(1960年代後半〜70年代)
“猫も杓子も”マッスルカーの熱がワゴンにも波及する。
ポンティアック「カタリナ・ワゴン428」(7.0L/365hp)は2トン超の車体と細身タイヤで簡単にホイールスピン。ダッジ「コロネット・ステーションワゴン」(383マグナム330hp)も迫力満点。ただし大半のワゴンは常識的な仕様を選ぶ家族の足であり、牽引需要も相まって“大排気量V8が標準”的な文脈は強かった。
規制の時代とウッディの復活(1970年代アメリカ車)
排ガス規制期、過剰な出力を要さない“実用+快適”のワゴンはむしろ人気に。
73年、GMフルサイズ・ワゴンはリアゲート&ウインドウが上下に完全格納される独特の“クラムシェル”を採用。
74年、ポンティアック「グランド・サファリ」は幅2022mm×全長5875mm、2.4トンという巨体に455(7.5L)。兄弟ブランドがそれぞれの“役柄”を模索する中、ポンティアックは“レジャーの力持ち”を演じた。
この頃、ウッドパネルの“ウッディ”がリバイバル。ビュイック「エステート」、マーキュリー「コロニー・パーク」、クライスラー「タウン&カントリー」……タイヤの付いた別荘のような風格が街を滑った。
SUVとミニバンの台頭|ステーションワゴンの地位が揺らいだ1980年代
ダウンサイジングが進み、フルサイズは後退。代わりにミドル〜コンパクトのGボディ(リーガル・ワゴン、マリブ/カトラス/ボンネビル等)が主力に。
ただし都市のリベラル層が“ボルボ”や“トヨタ”のクリーンなワゴン像に惹かれる一方、アメリカ製ワゴンには“古臭い”という影が差し、逆風が強まる。
そこへ1980年、AMC「イーグル」。ジープ譲りの4WDとビスカス式LSDを実用化した“クロスオーバーSUVの先駆者”が現れ、地平線がずれる。
同時に、シボレー「サバーバン」は“商用ワゴン”から“4ドア4WDのファミリーSUV”へ転身し大ヒット。
極めつけは1983年、クライスラーのダッジ「キャラバン」。FF、低床、スライドドア、柔軟なシートレイアウト──ミニバンという“真の家族の道具”が市場を席巻し、シボレー「アストロ」(85)、フォード「エアロスター」(86)も続く。
90年にはかつての“高級ワゴンの元祖”タウン&カントリーが、ついにキャラバンの上級版ミニバンに衣替え。ジープ「チェロキー」もヒットし、ワゴンの居場所は狭まっていった。
最後の輝きと静かな退場|アメリカ製ステーションワゴンの終焉(1980年代)
保守層に焦点を絞った「最後の正統派」が、1991年のビュイック「ロードマスター・エステート」。BボディのFR、幅2029mm×全長5530mm、5L超V8+4AT。低く長く重い車体でハイウェイを悠々と渡る“古き良き流儀”を守った。
だが市場は戻らない。明確な“ワゴンらしいワゴン”は1996年にロードマスター/カプリス・ワゴンが終売、2008年にダッジ「マグナム」が幕を引き、アメリカ本国の主流から消えた。
以後、クロスオーバーとワゴンの境界は曖昧になり、嗜好はむしろ二極化。ワゴンは“わざわざ選ぶ贅沢”へと変わっていく。
結び|実用と様式の間にあったステーションワゴンの魅力
ステーションワゴンは、ボディタイプの“グラデーション”の中に生まれ、そしてのみ込まれていった。背を高くすればミニバンへ、車高を上げればSUVへ。発展性が高いからこそ別の何かになれてしまう。その可塑性は、同時に宿命でもあった。
だから今日、低く長いワゴンを選ぶという行為には、少しの“贅沢”と、少しの“偏愛”が宿る。大量の竹も里芋も、静かに飲み込む長い荷室。ハイウェイの風をすべらせる低いルーフ。
ステーションワゴンはもう“最適解”ではないのかもしれない。けれど、実用と様式の綱引きに美しさを見出す人にとって、あの横顔は今も十分に魅力的だ。

