巨大なピックアップが当たり前のアメリカで、「クーペのスタイル」と「トラックの実用」を一台に同居させようとした奇妙で魅力的な車種がある。フォード・ランチェロとシボレー・エルカミーノだ。どちらも“クーペユーティリティ”という希少なボディスタイルに属し、誕生から消滅まで互いを強く意識しながら競い合った。本稿では、二台の歩みを世代ごとにたどりつつ、その存在が示したアメリカ車の栄華と揺らぎを振り返る。
クーペユーティリティという発想
着想の源流はオーストラリアだ。1930年代、「日曜は教会に行ける仕事用トラック」という実用と体裁を両立させた“ユート”が広く普及した。クーペ風のキャビンに荷台を背負い、日常の運搬も外出も一台で済ませる。複数台所有が一般的でない地域事情に寄り添った解法だった。
アメリカでも「ピックアップは便利だが街乗りや外出には柄が悪い。けれど荷物はしっかり積みたい」というニーズは確かに存在した。そこにフォードとシボレーが、それぞれの美学で応えたのがランチェロとエルカミーノである。
第1章:先行のフォード、追うシボレー(1957–1960)
第1世代ランチェロ(1957–1959)
1957年、フォードはフルサイズのフェアレーンをベースにランチェロを投入した。前半分はフェアレーンと共用し、後半は専用のリアウインドウと補強したベッドを持つ。全長5,131mm×全幅1,986mmという“クーペに見劣りしないがトラックほど大仰ではない”絶妙なサイズ感で、トリムはスタンダードとカスタム。
エンジンは直6の223(3.7L)、V8の292(4.8L)、さらにサンダーバード譲りの312(5.1L)という幅広い選択肢を用意。広告コピーは「More Than A Car! More Than A Truck!」。クーペの気軽さとトラックの実用性を掲げた野心的な一台だった。
第1世代エルカミーノ(1959–1960)
遅れること2年、シボレーはインパラのプラットフォームを用いたエルカミーノで参戦。造形は当時のシェビーらしい華やかさ全開で、強く湾曲したリアウインドウや開放的なキャビンが象徴的。足まわりは乗用車的なコイルスプリングを採用し、最大積載量は標準で約300kg(強化コイルのオプションで約520kg)に留めた。
1959年の販売はランチェロ14,169台に対し、エルカミーノ22,246台。後発ながら話題性で一矢報いたが、1960年のモデルチェンジと小型ピックアップやコルヴェア系ピックアップの台頭で存在感は急速に薄れ、初代はわずか2年で終了する。
第2章:小型化の正解と、復活の狼煙(1960–1967)
第2世代ランチェロ(1960–1965)
1960年、フォードは兄弟車をフルサイズのフェアレーンからコンパクトなファルコンへとスイッチ。全長4,801mm×全幅1,778mmへと大幅に縮小し、価格と取り回しで強みを獲得した。
標準は直6の144(2.4L)。のちに170(2.8L)を追加し、1963年にはV8の260(4.3L)まで搭載。軽量ボディにV8という“刺激”を用意しつつ、最大積載量は約360kgを確保。結果として販売面でエルカミーノを逆転させ、クーペユーティリティの生存戦略は「コンパクト化」にあることを示した。
第2世代エルカミーノ(1964–1967)
4年の沈黙を破り、1964年にエルカミーノが復活。今度はミドルサイズのシェベルが兄弟車だ。折しもマッスルカー興隆期。327(5.4L・最大300馬力)をはじめ高性能V8を積み、エアショックで積載時の車高変化に対応するなど、スポーツと実用の折衷に磨きをかけた。
1966年には396(6.5L・最大370馬力)まで用意され、フロントは精悍に。1967年にはL34(350馬力)やL78(375馬力)といった“凶悪”なユニットも少数ながら搭載され、エルカミーノは「走り」で強烈なアイデンティティを確立する。
第3章:双方マッスル化の頂点(1966–1972)
第3世代ランチェロ(1966–1967)→ 第4世代(1968–1969)
1966年、ランチェロはファルコン/フェアレーンの共通プラットフォームへ。途中でフェイスをファルコン顔からフェアレーン顔へ切り替えるという珍事もあったが、1967年には390FE(6.4L・315馬力)を得て完全な“マッスルトラック”に。
1968年には兄弟にスポーティなトリノが加わり、グレードも拡充。428(7.0L)コブラジェットまで搭載可能となり、デカールやスクープ付きフードで攻撃的なルックスをまとった。1969年の特別仕様「リオグランデ」は生産約900台の希少品である。
第3世代エルカミーノ(1968–1972)
一方、1968年のエルカミーノは“コークボトルライン”が強調された筋肉質のスタイルへ。SS396が設定され、1970年には最強の454(7.4L)LS6(公称450馬力)まで登場。1971年にかけて灯火類が大きく愛嬌ある顔つきへ変化するが、時代は排ガス規制の波へ。1972年、馬力表記がグロスからネットへ改められ、カタログの数字は一気におとなしく映るようになる(実測条件が厳密化されたため、単純比較はできない)。
第4章:高級クーペ化の時代(1970–1977)
第5世代ランチェロ(1970–1971)
1970年のランチェロは造形もパワーも最高潮。429(7.0L)コブラジェット/スーパーコブラジェット、シェイカーフードの設定など、短命ながら濃密な二年で駆け抜けた。ただし最大積載量は初代の約500kgから約360kgへと低下。フォードは明確に“高性能クーペの派生”へ軸足を移した。
第4世代エルカミーノ(1973–1977)
1973年、エルカミーノは高級ミドルクーペ路線に転じる。安全規制対応の分厚いドア、5マイルバンパー、クロームのモールなどで存在感は増大し、乗り心地と静粛性を磨いた。ベースは307(5.0L・2バレル)、上は454(7.4L)まで用意。点火系のHEI化やサスペンションの熟成で日常域の完成度を高め、忘れかけていた“クーペの乗り味を持つトラック”という原点を静かにアップデートした。
第6世代ランチェロ(1972–1976)
ランチェロも1972年に大型化し、トリノ譲りのオーバルグリルで重厚な表情に。のちに429は消えるが、74年には460(7.5L)が最上位を担う。インテリアは本革や木目で高級化し、トラック離れした快適性を手に入れた。
第5章:終幕へ(1977–1987)
第7世代ランチェロ(1977–1979)
兄弟車がLTD II/サンダーバード/マーキュリー・モンテゴへ移り、直線基調の端正な造形に。だが時代はダウンサイジング、燃費規制、安全規制が重なり、クーペユーティリティは“トラックとしての強み”を出しにくくなる。フォードは小型ピックアップのクーリエ、のちにレンジャーへ軸足を移し、ランチェロは1979年に退場した。
第5世代エルカミーノ(1978–1987)
シボレーはGボディを用いた小型・軽量の最終世代を展開。マリブ/モンテカルロと部品を共用しつつ、シャシーは専用設計で差別化。ホイールベースもマリブより長く、305(5.0L)や一時期は350(5.7L)も搭載。トリムはベース/コンクイスタ/SS、限定車ブラックナイト(のちロイヤルナイト)など多彩に彩った。
しかし1980年代半ばには電子制御やディーゼルなど試行錯誤が続き、最終的にS-10ピックアップの成功が“決定打”となる。エルカミーノは1987年、静かに生産を終えた。
総括:「中途半端」ゆえの輝き
クーペユーティリティは最後まで矛盾を抱えた。荷台の実用を求めれば乗り味が犠牲になり、クーペの上質さを求めれば積載や牽引でトラックに及ばない。家族の移動車としても中途半端で、いずれの評価軸でも“専門職”に勝ち切れない。
それでも、この二台はアメリカの巨大な市場で確かな足跡を残した。最盛期でもエルカミーノの年間販売は約6万5千台と、全体から見れば小さな数字だが、“ちょうどいい矛盾”に美を見いだす層を魅了したのは事実だ。オーストラリアではホールデン・ユートが2017年まで生き残ったように、土壌が合えば成立するジャンルでもある。
エピローグ:選択の基準
ランチェロとエルカミーノは、その“正解”から外れていたのかもしれない。それでも、矛盾を抱えながら時代の空気を吸い込み、スタイルや走りを更新し続けた。その足跡は、単なる成功・不成功の物差しでは測れない“車文化の余白”を教えてくれる。
買うなら、迷っているうちに。少し乗って降りても、深く愛して添い遂げてもいい。ビンテージに向き合う覚悟さえ持てば、たとえ矛盾だらけでも、こういう車は人生の景色を変えてくれる。
最後に問いたい。あなたにとっての“譲れない基準”は何だろう。
その答え次第で、クーペユーティリティは“中途半端”ではなく、“ただ一つの最適解”になるかもしれない。

